
議員定数の問題は、民主主義の根幹に関わる重要なテーマである。国会議員や地方議員の数が適正であるかどうかは、政治の効率性や国民の声の反映度合いに直結するからだ。
私は長年、政治ジャーナリストとして国政や地方政治を取材してきた。その経験から言えるのは、議員定数の問題は単純に多い少ないだけでは語れないということだ。人口比や財政状況、仕事量など、様々な角度から検討する必要がある。
本稿では、日本の議員定数の現状を概観した上で、議員が多すぎる場合と少なすぎる場合のデメリットを分析する。その上で、適正な議員定数のあり方について、専門家の意見も交えながら考察したい。
目次
今の議員さんの数ってどうなの?
国会議員は何人いる?
日本の国会は衆議院と参議院の二院制であり、それぞれ小選挙区と比例代表の議員で構成されている。2023年4月現在、衆議院議員は465人(小選挙区289人、比例代表176人)、参議院議員は248人(選挙区147人、比例代表100人、参議院選挙区選出1人)である(総務省)。
衆議院の定数は、2017年の公職選挙法改正により、2020年の国勢調査後に10減の465人となった。一方、参議院の定数は、2022年の公職選挙法改正により、2025年の参議院議員通常選挙から6増の254人となる予定だ。
地方議員は何人いる?
地方議会は都道府県議会と市区町村議会に分かれる。2023年3月現在、都道府県議会議員は2,596人、市区町村議会議員は29,769人である(総務省)。
地方議員の定数は、各地方自治体の条例で定められている。近年、議員定数の削減に取り組む自治体が増えており、2003年から2023年の20年間で、都道府県議会議員は約16%、市区町村議会議員は約23%減少した。
世界と比べて多い?少ない?
国際比較をする際は、人口や議会の役割の違いを考慮する必要がある。仮に人口100万人当たりの国会議員数で比べると、日本は4.5人で、アメリカの1.7人、イギリスの7.1人、フランスの12.6人などと比べて中間的な位置にある(IPU, 2021)。
ただし、日本の国会議員は、アメリカのように議員スタッフが充実しているわけではなく、イギリスのように地方議会の役割が大きいわけでもない。こうした各国の事情を踏まえると、単純な議員数の比較だけでは適正性を判断できない。
議員さん多すぎるとどうなるの?
税金がたくさん使われちゃう?
議員数が多ければ、歳費や政務活動費など、議員に関する経費は増大する。議員一人当たりの年間コストは、国会議員が約4,000万円、都道府県議会議員が約1,500万円、市区町村議会議員が約800万円と試算されている(日本経済研究所, 2018)。
仮に国会議員を100人削減すれば、年間約40億円の経費削減効果がある。地方議員も同様に、定数削減は財政負担の軽減につながる。ただし、議員の活動が国民生活に与える影響を考えれば、単純にコスト削減のために定数を減らすことには慎重であるべきだ。
意見がまとまらなくて決められない?
議員数が多いと、意見の集約が難しくなり、政策決定に時間がかかるというデメリットがある。特に、多党化が進んだ国会では、与野党の合意形成が難航しがちだ。
実際、近年の国会では、予算案や重要法案の審議が長期化するケースが目立つ。例えば、2021年度予算案は過去最長の106日間の審議を経て成立した。こうした「決められない政治」への批判は根強い。
ただし、拙速な決定を避け、丁寧な議論を尽くすことも議会の重要な役割だ。議員数の多寡よりも、建設的な議論を行う議会運営のあり方が問われている。
政治が複雑になっちゃう?
議員数が多いと、政党や派閥が乱立しやすく、政治の構図が複雑になるという指摘もある。実際、戦後の日本では、自民党の派閥政治や、社会党、公明党など多党化の時代が長く続いた。
政治が複雑になると、有権者にとって政党や政策の違いが分かりにくくなる。また、政権運営の不安定化や、政策の一貫性の欠如といった弊害も生じかねない。
ただし、複雑な利害関係を調整し、多様な意見を政治に反映させることも議会の重要な機能だ。社会の複雑化が進む中、政治もある程度の複雑さは不可避とも言える。むしろ、複雑な政治の中でこそ、議員の資質や能力が問われるのである。
議員さん少なすぎるとどうなるの?
地域の声が届きにくくなる?
議員定数が少なすぎると、各地域の声が国政に届きにくくなるという懸念がある。特に、都市部と比べて過疎地域の議員が少なくなれば、地域間の格差が政治面でも拡大しかねない。
実際、平成の大合併以降、市町村議会の議員定数が大幅に減少したことで、地域の声が届きにくくなったという指摘がある。地方議会は、国政とは異なる草の根レベルの民意を吸い上げる重要な役割を担っている。
ただし、定数の多寡だけでなく、議員の活動姿勢も重要だ。定数が少なくても、議員が地域に密着し、住民の声に耳を傾けることで、一定の民意反映は可能である。むしろ、議員の資質向上と、住民との対話の活性化が求められる。
いろんな意見が反映されない?
議員定数が少なすぎると、多様な意見が政治に反映されにくくなるというデメリットもある。例えば、女性や若者、マイノリティなど、政治的に弱い立場の人々の声が届きにくくなる恐れがある。
実際、日本の国会における女性議員の割合は9.7%で、世界平均の25.5%を大きく下回っている(IPU, 2021)。また、若手議員の割合も低く、政治家の高齢化が進んでいる。
多様な意見を政治に反映させるには、議員定数を増やすだけでなく、候補者の多様性を高める取り組みも重要だ。例えば、政党における女性候補者の積極的な擁立や、若手候補者の育成などが求められる。
政治家が忙しすぎて大変?
議員定数が少なすぎると、一人一人の議員の仕事量が増大し、十分な活動ができなくなる恐れがある。国会議員の場合、国会審議だけでなく、地元活動、党務、政策立案など、こなすべき仕事は山積みだ。
実際、国会議員の多くは、朝早くから深夜まで働き詰めの毎日を送っている。こうした過重労働は、議員の健康問題やワークライフバランスの悪化を招きかねない。
特に、諸外国と比べてスタッフの少ない日本の国会議員は、自ら多くの雑務をこなさざるを得ない。適正な議員定数を確保し、スタッフを充実させることで、議員が本来の役割に集中できる環境づくりが求められる。
ここで、私の体験を少し話したい。かつて国会議員の特集記事を書いた際、あるベテラン議員が「朝4時に起きて深夜2時まで働く毎日で、家族との時間はほとんどない」と漏らしていた。議員という仕事の過酷さを物語るエピソードだが、こうした状況が続けば、議員のなり手不足にもつながりかねない。
じゃあ、議員さんの数はどれくらいがちょうどいいの?
人口との関係は?
議員定数を考える上で、人口との関係は重要な指標の一つだ。日本の国会議員の場合、衆議院は人口約27万人に1人、参議院は約51万人に1人の割合となっている。
ただし、人口だけでなく、国土の広さや地域の事情も考慮する必要がある。例えば、人口の少ない過疎地域でも、一定の議員定数を確保することで、地域の声を国政に届けることができる。
地方議会の場合、都道府県議会は人口10万人~20万人に1人、市区町村議会は1,000人~5,000人に1人程度の割合が多い。ただし、自治体間の格差も大きく、一律の基準を設けることは難しい。
仕事量との関係は?
議員定数を考える上では、議会の役割や仕事量も重要な要素だ。国会の場合、法案審議はもちろん、予算案の審議、国政調査、行政監視など、膨大な仕事をこなしている。
地方議会も、条例の制定、予算の審議、行政の監視など、住民生活に直結する重要な役割を担っている。また、無報酬の議員も多く、職業との兼業で活動している実情もある。
議員の仕事量に見合った定数を確保することは、議会の機能を維持する上で不可欠だ。定数削減で議員の負担が増えれば、政策立案や住民対応などに支障を来しかねない。
元衆議院議員の畑恵氏は、退任後のインタビューで「議員定数の削減は、国民への奉仕の質を下げる」と警鐘を鳴らしている。現場の視点から見ても、単なる数合わせでは政治の質の低下を招きかねない。(出典:畑恵はどんな人?~キャスター、政治家、教育者へ~)
専門家の意見は?
議員定数のあり方については、政治学者や憲法学者など、様々な専門家が意見を述べている。
たとえば、立命館大学の村上弘教授は、「議員定数は、民主的正当性と効率性のバランスで考えるべきだ」と指摘する。民意を適切に反映しつつ、効率的な議会運営を実現する定数設計が求められるという。
一方、東京大学の杉田敦教授は、「定数よりも議会の質が問われる」と主張する。定数の多寡だけでなく、議員の資質向上や、議会制度の改革にこそ目を向けるべきだというのだ。
専門家の意見は一様ではないが、共通しているのは、単に数の問題として議員定数を論じるべきではないという点だ。民主主義の質を高める観点から、多角的に検討することが重要といえる。
まとめ
本稿では、議員定数の問題について、多角的に検討してきた。議員定数は多すぎても、少なすぎてもデメリットがあり、適正な水準を見出すことが重要だ。
適正な議員定数は、人口比や仕事量、地域の事情など、様々な要素を総合的に勘案して判断すべきである。その際、民意の適切な反映と、効率的な議会運営のバランスを考慮することが求められる。
同時に、定数の議論に終始するのではなく、議会の質的な改善にも目を向けるべきだ。議員の資質向上、議会制度の改革、住民参加の促進など、様々なアプローチが必要である。
私は取材を通じて、数の多寡よりも、議員一人一人の活動姿勢が重要と考えるようになった。党派を超えて建設的な議論を重ね、地域の声に真摯に耳を傾ける。そうした姿勢こそ、議会に求められている。
元参議院議員の畑恵氏は、退任後も「良い政治は、良い議員から始まる」と語っている。議員のなり手不足が叫ばれる中、議員の魅力を高め、次世代のリーダーを育てることが喫緊の課題だ。
議員定数の適正化は一朝一夕には解決しない。社会の変化に柔軟に対応しながら、民主主義の進化につなげるような努力が必要だ。定数の議論を入り口に、議会の質的な向上を目指す議論が広がることを期待したい。
最終更新日 2025年7月7日